🌿 年を重ねるたびに、美しくなる理由
「若く見られたい」って、よく聞く言葉ですよね。
私もそう思うときがありました。
鏡を見て、あれ?と思ったり、
SNSでキラキラした人たちを見て焦ったり。
でも、そんな気持ちの奥で、
「ほんとうに若さだけが美しさなんだろうか?」
とも思っていました。
🌍 私がそう思うようになったきっかけ
23歳のとき、旅先のアメリカで大きな音楽フェスに行ったんです。
そこで驚いたのが、10代から70代くらいまで年齢の幅が広く、みた感じ割合も同じ。
みんな踊って、歌って、笑って。
心のままに音楽を楽しんでいました。
日本だったら「いい歳して」って言われそうな光景。
でもそこでは、そんな視線はまったくなかった。
若い人も年上の人も、同じようにアーティストを語り、好きな曲で盛り上がって
初対面でもお互いに敬意を持って話していたんです。
それがすごく心に残りました。
「年齢って、ただの数字なんだ」って、初めて体で感じたんです。
そのあと観に行ったメジャーリーグのスタジアムでも同じでした。
老若男女が一緒になって歓声を上げて、笑って、ハイタッチして。
誰も“年齢の枠”の中で生きていなかった。
そして日本に戻ってきたとき、
「なんだか窮屈だな」って感じました。
社会全体が、年齢で区切られているような違和感。
あのとき見た“自由に生きる大人たち”の姿が、
ずっと頭の中に残っています。
あの頃の私は、
「年齢なんて関係ない」って本気で思っていました。
あのフェスの光景を見て、
ずっとそう生きていきたいって思ったんです。
でも、30代に入るとその感覚をすっかり忘れてしまって。
仕事も忙しくなって、
誰かと比べたり、見られ方を気にしたりして、
気づいたら自分の“好き”より“正解”を選ぶようになっていました。
38歳くらいのとき、
ふと鏡を見たら「あれ、なんか老けたな…」って思ったんです。
それまでは外見を気にする余裕もなくて、
少しずつ、自分を後回しにしてたんだと思います。
そして40歳になったある日、
ユニクロの試着室の鏡の前で、
全身が映った自分を見ながら、「え、まぶた重くない?」「目の下たるんでない?」
「二重アゴだよね」「姿勢わるっ」「こんなに広がった髪で歩いてたんだ…」
どうしようもなく劣等感でいっぱいになりました。
「自分の想像と実際の着こなしってもしかして全然違う?」
「若いころみたいに服が似合わない」
「もうおしゃれを楽しむ時期は終わったのかも」
そんな気持ちが一気に押し寄せてきて、
思わず鏡から目をそらしたのを覚えています。
でも今思えば、
あの瞬間が**“もう一度、自分を大切にしよう”って思い直すきっかけ**だったのかもしれません。
あのときのショックがなかったら、
「年を重ねるって悪くない」なんて考えもしなかったと思うんです。
🍃 外見の“美しさ”にも、自由があっていい
海外で感じたのは、もうひとつあります。
地元や家で過ごすときの人たちは、
メイクをしていなくても肌がナチュラルにきれいで健康的で、自然に輝いていました。
そのままの姿がとてもきれいだったんです。
でも街に出るときは、みんなきちんとメイクをして、
好きな服を着て、自分の“好き”を表現していた。
その切り替えがすごく素敵で、
“どちらの自分も大事にしている”感じがしたんです。
それを見て、
外見を整えることも、自分を大切にすることのひとつだし、
すっぴんでリラックスして過ごせる時間も、同じくらい大切なんだなと思いました。
どちらかを否定するんじゃなくて、
どちらも“自分の美しさ”の一部なんですよね。
そして今のSNSを見ていると、
やっぱり「若いこと」に価値が置かれているように感じます。
きれいな肌、細い体、流行の服。
“若く見える”ことが、褒め言葉のように扱われている。
でも、ほんとうはそれだけが美しさじゃないと思うんです。
年齢を重ねたからこそ出てくる柔らかさや、
落ち着き、言葉の選び方の丁寧さ。
滲み出る美しさ。
自分を大切にしてきたことがわかるきめ細やかな肌。
そういうものの中にも、確かな“美”がある。
だから、utaでは
「時間を重ねることは悪いことじゃない」と伝えていきたいです。
若さの先にある“深まりの美しさ”を、
ちゃんと見ていけたらいいなと思っています。
年齢を重ねても、
自分を大切にして、おしゃれも楽しんで、
今の自分で心地よくいられたら、それがいちばんの美しさ。
☕ 小さなあとがき
もし今、鏡の前で少し落ち込んでいる人がいたら、
それはちゃんと生きてきた証拠です。
焦らなくて大丈夫。
人は心も体も変われます。いつからでも。私もそうだったから。
あなたの中にある時間の積み重ねが、
ゆっくりと“美しさ”に変わっていくから。

最後まで読んでいただきありがとうございました。